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【知識】讃岐うどんのはじまり~諸説まとめました~

2017.07.28

謎の多い讃岐うどん。はじまりは誰がいつ、何がきっかけで広まったか?いくつかの書籍をもとに〇〇説を考察、まとめてみました。讃岐うどん巡りをする前にぜひご覧ください。

【知識】讃岐うどんのはじまり~諸説まとめました~

ーー讃岐うどんはいつからはじまった?

うどんは小麦粉と塩と水だけでつくれる簡単な食品ですが、職人さんの作り方で出来映えは千差万別。それだけに奥深いですね。

香川県でうどんがポピュラーになった理由として、うどんをつくるために必要な原材料が比較的容易に手に入れることが出来たことが大きな要因です。主原料の小麦にはじまり塩に醤油いりこです。では一体、いつ誰が香川県でうどんをつくり広めたのでしょうか?

※写真は「木下製粉㈱」様の小麦です。

※小麦粉と塩と水のみでつくるシンプルで奥深いうどんづくり。香川県内では小麦粉の製粉業も盛んです。

※写真は「はゆか」さんのうどんです。

※作り手により、様々なうどんが楽しめる多様性が讃岐うどんの醍醐味。

 



ーー室町時代の石臼の普及がはじまり「団子汁説」。

室町時代中期に庶民の間で石臼(いしうす)が普及し、大衆の食生活が大きく変化します。小麦粉を誰でもひけるようになり「お団子」が保存食として庶民の間で浸透していきます。たびたび、昔話にも登場するようになるのも、ちょうどこの頃の時代背景が多いですね。

粉食として食べる際に、はじまりは団子の形態で食べていました。それを、ぶつ切りに食べやすくしたり、さらには手や指で薄く延ばしたりと…、段々と食べやすい現在の麺状になり、うどんへと進化したとも言われています。

※粉食文化が広まった室町時代。団子からぶつ切り、そして麺状に進化したという説もあり。

※写真は「小麦」です。

※原料の小麦はうどんだけでなく、パン等様々な食品の原となります。

 

 

ーー弘法大師様が広めた「空海伝来説」。

香川県内では「讃岐のうどんは弘法大師(空海)様が広められた。」という類のお話をよく耳にします。

そもそも、麺文化の発祥は中国です。中国大陸の黄河中流域に入る前の太原、西安、洛陽の三角地帯で麺食文化が生まれました。ほぼ同時代に、遣唐使として、空海は留学僧として唐に渡ります。当時の長安の日常食は「麺」でした。知識欲が旺盛な空海は、仏教や建築技術等の様々な学問と一緒にうどんづくりの技法も、香川県へ持ち帰ったともいわれております。

但し、空海が残したとされる膨大な著作物の中には、うどんに関する記述は現時点(2017年時点)で確認は出来ていないようです。香川県民としましては、こちらにロマンを感じます(笑)。

※善通寺市にある弘法大師(空海)像。

※写真は香川県善通寺市の善通寺の行事「献麺式」です。

※弘法大師様が生まれとされる香川県善通寺市の善通寺の行事「献麺式」。今でもうどんを広めた弘法大師様には深い感謝の気持ちを献上しているそう。

 

 

ーーまとめ。

今回、ご紹介させて頂きました以外の説もあります。皆さまも色々と想像を膨らませながら、讃岐うどんをお楽しみください。記事を書くにあたりまして以下の書籍を参考にさせて頂きました。

 

参考文献:讃岐うどん物語

発行:香川県農林水産部園芸特産課

企画:さぬきうどん研究会

※写真は高松市内「上野製麺所」さんの「しょうゆうどん」です。

※写真は高松市内「上野製麺所」さんの「しょうゆうどん」です。

 



 

この記事を書いた人

アユム・スカシヒット(株)一誠社http://isseisha.co.jp/

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